スタートアップが買い手となるのM&A事例8件
以下が8件を表形式で整理した概要です。
No. |
買い手企業 |
対象企業/事業 |
実施時期 |
概要・買収目的 |
主な効果・狙い |
1 |
CRISP |
トーキョーアジフライ(事業譲受) |
2025年7月 |
外食業界の多様性創出を目的に、アジフライ専門店事業を初のM&Aで譲受 |
都心オフィス街を中心に4年間で30店舗規模へ拡大し、定食カテゴリーで新たな顧客体験を創出 |
2 |
MOON-X |
Vieon |
2025年4月 |
ブランド成長支援事業の拡大とデジタルマーケティング即戦力の獲得 |
海外市場進出やクロスプロモーション強化によるブランドポートフォリオ価値向上 |
3 |
リンクタイズホールディングス |
TPO |
2025年4月 |
ライフスタイル事業領域の拡充とコミュニティ型ビジネス強化 |
高付加価値空間の展開拡大とブランドコラボによる新規顧客層開拓 |
4 |
SmartHR |
CloudBrains |
2025年4月 |
人事労務領域の機能強化と人的資本経営支援の高度化 |
労務管理機能と分析機能の統合によるデータドリブン人事戦略の推進 |
5 |
アスエネ |
Carbon EX |
2025年3月 |
脱炭素経営支援サービスの包括化と国際基準対応力強化 |
Scope1〜3排出量管理とサプライチェーン全体での削減支援の加速 |
6 |
FUNDiT |
インフルエンサーフォース事業(on the bakeryより譲受) |
2024年11月 |
インフルエンサーマーケティング領域のポートフォリオ拡張 |
CRM・BPaaS機能を活用した体制強化と市場ポジション拡大 |
7 |
FUNDiT |
MOTEHADA事業(ピアラより譲受) |
2024年5月 |
美容情報メディア事業の取得によるWeb運営基盤拡充 |
オペレーション改善とSEO強化によるメディア価値向上 |
8 |
ACROVE |
アイティエスジャパン |
2024年1月31日 |
ECロールアップ戦略の推進とカーパーツ領域の事業基盤取得 |
データ基盤と物流力を活かした精度向上と海外展開加速 |
以下、それぞれの事例をより詳しく見ていきます。
1. CRISPによる、トーキョーアジフライの事業譲受(2025年7月)
CRISPが外食業界における新たな多様性創出を目的として実施したのが、2025年7月25日に締結された「トーキョーアジフライ」事業の譲受である。譲受は2025年9月1日に効力を発した。
「トーキョーアジフライ」は、千代田区で2022年に開業したアジフライ専門店で、長崎県松浦漁港直送のアジと羽釜炊きご飯を組み合わせた「手仕込みアジフライ定食」が看板メニューとして高い評価を受けている。
2014年創業のCRISPは、「日本の外食を、ひっくり返せ。」というパーパスのもと、カスタムサラダ専門店「クリスプサラダワークス」を中心にDXを活用した収益性の高いブランド展開をしてきた。今回の譲受は初のM&Aであり、クリスプメソッドを用いた外食業態の革新的展開の一環とされている。
譲受後は、ブランドの個性と品質を継承しつつ、都心オフィス街を中心に4年間で30店舗規模への拡大を見込んでおり、定食カテゴリーにおける新たな顧客体験創出と業界変革への寄与が期待されている。
2. MOON-Xによる、Vieonの買収(2025年4月)
MOON-Xがブランド成長支援事業の拡大を狙って実施したのが、2025年4月のVieonの買収である。
VieonはD2CブランドやEC事業者向けにマーケティング戦略立案から実行支援までを提供し、特にデジタル広告とデータ解析を融合した成長施策に強みを持つ。
この買収により、MOON-Xは既存の共創型M&Aモデルにデジタルマーケティングの即戦力を加え、買収ブランドの成長スピードを加速できるとされる。
将来的には、海外市場進出や複数ブランド間のクロスプロモーション戦略が強化され、ブランドポートフォリオ全体の価値向上が期待されている。
3. リンクタイズホールディングスによる、TPOの買収(2025年4月)
リンクタイズホールディングスがライフスタイル事業領域の拡充を目的として実施したのが、2025年4月のTPOの買収である。
TPOは会員制ワーキングスペースやイベントスペースの企画・運営を行い、都市生活者向けの高付加価値空間提供に強みを持つ。
今回の買収により、リンクタイズホールディングスは既存のメディア・コンテンツ事業との連携を強化し、コミュニティ型ビジネスの収益基盤を広げる狙いがあるとされる。
将来的には、ライフスタイル関連ブランドとのコラボレーションや新規会員層の開拓が加速し、都市型プレミアム空間事業の展開が進むことが期待されている。
4. SmartHRによる、CloudBrainsの買収(2025年4月)
SmartHRが人事労務領域での機能強化を図る重要な動きとして実施したのが、2025年4月のCloudBrainsの買収である。
CloudBrainsは従業員データの分析・活用を支援するソフトウェアを提供し、人事施策の効果測定やタレントマネジメントに強みを持つ。
この買収により、SmartHRは既存の労務管理機能とCloudBrainsの分析機能を統合し、企業の人的資本経営支援を一層高度化できるとされる。
今後は、データドリブンな人事戦略の推進や、法改正・労務トレンドへの迅速な対応力向上が期待されている。
5. アスエネによる、Carbon EXの買収(2025年3月)
アスエネが脱炭素経営支援サービスの提供力強化を目的に行ったのが、2025年3月のCarbon EXの買収である。
Carbon EXは、企業のCO₂排出量を見える化・削減・報告するクラウドプラットフォームを運営し、国際的なカーボン会計基準への準拠にも対応している。
アスエネはこの買収により、Scope1〜3の包括的な排出量管理と、顧客ごとの脱炭素ロードマップ策定支援を強化できるとされる。
今後は、国内外の環境規制対応やサプライチェーン全体での排出削減ソリューション提供が加速すると見込まれる。
6. FUNDiTによる、on the bakeryからのインフルエンサーフォース事業譲受(2024年11月)
FUNDiTがインフルエンサーマーケティング領域でのポートフォリオを拡張する重要な一手として実施したのが、2024年10月末時点のon the bakeryからの「インフルエンサーフォース」事業譲受である。
インフルエンサーフォースは、CRMを活用したインフルエンサー管理ツールで、エンタープライズ企業向けのBPaaS機能も備える。
on the bakeryは事業を譲渡することで自社リソースを主力事業へ集中させ、選択と集中の戦略を推進したとされる。
この譲受により、FUNDiTはASPやIP関連ビジネスと連携し、市場におけるインフルエンサーマーケティング領域での体制強化が進むとみられている。
7. FUNDiTによる、ピアラからのMOTEHADA事業買収(2024年5月)
FUNDiTがデジタル領域でのメディア事業強化を狙って実施したのが、2024年5月15日の、ピアラからの美容情報サイト「MOTEHADA」事業の譲受である。
MOTEHADAは脱毛サロンやエステ、アートメイクなどの美容情報を扱うウェブメディアで、SEOを活かした情報発信に定評があった。
SEOアルゴリズム変更に伴う運営上のコスト増を背景に、ピアラは他事業へ経営資源を集中させる判断を行ったとされる。
買収により、FUNDiTはメディア事業の取得を通じてWeb運営基盤の拡充を図り、オペレーション改善・価値向上を実現すると見られている。
8. ACROVEによる、アイティエスジャパンの買収(2024年1月31日)
ACROVEがECロールアップ戦略を推進する中で実施したのが、2024年1月31日の、オリジナルカーパーツの開発・製造・販売を行うアイティエスジャパンの完全子会社化である。
アイティエスジャパンは、楽天市場で月間14,000以上の商品を発送する高いオペレーション力と商品開発力を持つEC優良店舗である。
買収により、ACROVEはECプラットフォームのノウハウとカーパーツ領域の実運営力の融合を図り、海外展開の基盤強化につなげたとされる。
これにより、ACROVEは自社のデータ基盤と物流力を活かしたECグループ運営の精度向上とグローバル展開の加速が期待されている。
スタートアップ(ベンチャー企業)のM&Aの件数はどれくらいか?
近年、スタートアップ企業のM&Aの潜在需要は急速に増加していますが、顕在化している案件はまだまだ少なく、実現した件数は潜在需要に比べると緩やかに増加しています。
STARTUP DBやSPEEDAのデータを参考にすると、2024年には約200件以上のスタートアップM&Aが実行され、2025年以降も、増加傾向となる見込みです。特にデジタル化が進む業界や新興市場において顕著であり、企業が競争力を維持するためにスタートアップを取り込む動きが加速しています。
また、M&Aの件数が増える背景には、スタートアップ企業が持つ革新的な技術やビジネスモデルへの関心が高まっていることがあります。大企業はスタートアップを買収することで、自社の技術力を強化し、新たな市場に迅速に参入することが可能ですし、スタートアップは大企業の経営資源を活用して成長を加速することが可能です。スタートアップは、別のスタートアップや中小企業を買収することで、成長を加速することが可能です。
スタートアップのM&A件数は今後も増加し続けると予想されており、企業にとっては重要な戦略の一環となっています。
スタートアップ(ベンチャー企業)の買収額の相場
スタートアップやベンチャー企業のM&Aにおける買収額は、利益や純資産だけでの評価が困難な事例が多いことから、業界や企業の成長段階、技術の革新性、そして市場の競争状況によって大きく異なります。
一般的に、日本のスタートアップは数億円数百万から数十億円の範囲で買収されることが多く、時々、数百億円規模、稀に数千億円規模です。特に注目される技術やビジネスモデル、市場における競争環境を踏まえて優位なポジション等を持つ企業は、相対的に高く評価される傾向です。
日本の中小規模のM&A市場では、経済産業省等が指摘する通り、大手M&A仲介会社が積極的に買収を繰り返すストロングバイヤーを常連客として、中立と見せかけつつ情報を一手にコントロールすることで買い手寄りの価格誘導をする傾向が顕著と言われています。日本においてはこうした大手M&A仲介会社の資金力と営業力・存在感は絶大です。海外にはこうした利益相反を前提とするM&A仲介会社はほぼ存在感がありません。
こうした日本の中小規模のM&A市場の実情を踏まえると、日本のスタートアップを含めた中小企業の売り手は、買い手よりも情報量が少なく、安く買い叩かれる傾向があります。
特に、事業承継型のM&Aにおいて、長年の歴史と信頼があり黒字の実績も豊富な中小企業が、情報不足なまま大手M&A仲介会社の支援でM&Aが実行されている事例が多いと言われています。
こうして、優良企業が適正な売却価格より安く買収されるような日本市場において、赤字や黒字になったばっかりといったスタートアップを適正価格以上で売却するのは容易ではありません。
日本のスタートアップの買収額は多様な要因によって変動しますが、全体としては市場の活性化とともに、売主がM&A仲介だけではなく売り手の売却価値最大化に専念するFAの起用を検討するなど、M&Aの知識や経験値が増えていくことで、少しずつですが上昇していく傾向が予想されます。今後もM&A市場の動向を注視し、適切な戦略を立てることが重要です。
まとめ
スタートアップのM&Aは、企業の成長戦略においてますます重要な役割を果たしています。2024年以降に行われた29件の注目すべきM&A事例を通じて、スタートアップがどのように大企業や投資ファンドに取り込まれているのか、その動向を見てきました。
今後もスタートアップのM&A市場は活発に推移することが予想され、企業経営者や投資家にとっては、最新のトレンドを把握し、適切な戦略を立てることが求められます。M&Aを検討している方々にとって、本記事が有益な情報源となり、成功に繋がることを願っています。