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【対談記事】経験者に聞く”デュアル・トラック”と”スタートアップM&A”の重要性〜Paidy CFOとしてのPayPalグループへのM&Aを事例に〜

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スタートアップといえば目指すのはIPOのみ、という印象が長く続いていた日本だが、市況の変化、経営の多様化に伴い、M&Aを併せて検討する”デュアル・トラック”が注目を集めている。

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デュアル・トラックを検討した結果としてのスタートアップM&Aは、大型化が狙える。つまり、起業家にとっては事業をさらにスケールするための選択肢であり、ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家にとってはEXITの大型化を意味する。

実際の大型案件として印象深いものといえば、やはり、2021年9月に行われた、Buy Now Pay Later (以下、‟BNPL”)を手がけるFintechスタートアップのPaidyが米国PayPalに約3,000億円で売却した案件が挙げられるだろう。

今回は、当時、Paidyで取締役CFOを務めていた藪内氏に、デュアル・トラックの実際の体験談やアドバイスについて伺った。

▷ゲスト / インタビュアー 

  • ゲスト:藪内 悠貴
  • インタビュアー:松井 克成
  • インタビュアー兼ライター:野中 瑛里子

▷ゲスト プロフィール 

藪内 悠貴 Yuki Yabuuchi

東京大学薬学部卒、東京大学工学修士修了 (技術経営戦略学専攻) 。JPモルガン証券株式会社で多様な業界におけるM&Aや資金調達のアドバイザリーに従事後、カーライル・グループ (バイアウト) にて新規投資先候補の投資評価・実行、投資先企業の企業価値向上施策から上場含むエグジットまで関与。
その後、株式会社Paidyに2018年に入社後、取締役CFOとしてデット・エクイティ含む数百億円規模のバランスシートの構築などを主導し、2021年にPayPalグループへの参画を実現。
2022年8月に株式会社enechainに参画し、現在取締役CFOを務める。2021年12月よりファイナンス・プロデュース顧問。


(関連記事)ファイナンス・プロデュース、顧問に藪内悠貴氏(株式会社Paidy CFO)が就任

 


目次

  1.   グローバルM&Aと国内IPO、レイターステージでの選択  
  2.     M&A後に何が起こるか   
  3.  M&A仲介ではなくFAを起用 
  4.  資本政策やSO発行が本格化するシリーズAから意識を 


▶️グローバルM&Aと国内IPO、レイターステージでの選択 

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松井:まずは藪内さんのご経歴を伺えますでしょうか。

薮内:JPモルガン証券、カーライル・グループを経て、PaidyにCFOとして参画し、PayPalグループへのM&Aの実行、M&A後のPMI(Post Merger Integration)を経験しました。PaidyではIPOも検討しつつ、着地としてはM&Aを選択しましたので、資本政策としては、いわゆるデュアル・トラックを実施した事例となります。

デュアル・トラックは、日本のスタートアップですとまだ珍しいこととして捉えられていますが、米国市場はもちろん、日本でも特にプライベート・エクイティ(以下、PE)界隈においては自然の発想であり、共通認識になっています。

松井:Paidyでは、どのタイミングでM&Aを決断されたのでしょうか。

薮内:いくつかのメディアで既報の通り、本当にぎりぎりまで並行して準備しており、東京証券取引所(以下、JPX)のインタビューも進めていました。PayPalとのM&Aのサイニング日は、上場承認予定日の近くでしたので、上場をベースシナリオとしながら両方の可能性を見据えていた状況でした。

M&Aについては、IPOをベ―スケースとしながらも、PayPalから買収オファーを頂いたことを契機に、そのオファーが自社及び株主にとって最善のオファーなのか、取締役会としての善管注意義務を果たす意味でも第三者・専門家であるファイナンシャル・アドバイザー(以下、「FA」)を通じてチェック(米欧発のM&A業界用語でいういわゆるMarket Check)は実施しています。

Paidyは、そのビジネスモデルから成長を支えるバランスシート(以下、B/S)のスケールが必要不可欠であり、デットを含めて大型調達を重ねながら成長を追い求めてきていました。当時のステージは日本ではレイターで、バリュエーションもユニコーンと言われるレベルにありましたから、M&Aとなると買い手となり得る日本企業は限定されてきます。経営陣としては特に資本・人材面で積極的にグローバルでのノウハウやネットワークを活用することを進めていた中で、日本企業に限らず、グローバル企業が日本で展開しうる資本や事業提携戦略に鑑み、日常的にディスカッションをしていました。

松井:その中で、PayPalに決められた際の決定打はどのあたりだったのでしょうか。

薮内:一番の決め手は、Paidyの自律性の維持とPayPalとの事業シナジーでした。M&Aにおいては、ポスト・マージャー・インテグレーション(以下、PMI)によって大きく既存の文化や戦略が変わってしまう恐れがあります。PayPalは、日本市場を勝ち取るための一つのフランチャイズとして買収先を探していたため、買収後もPaidyの経営陣を最大限尊重し、またPaidyブランドや従業員を維持するという方針で、アラインしていました。

当時、日本のBNPLプレイヤーの相関図としては、ソフトバンク陣営のPayPayや上場ベンチャーのメルカリがあと払いを展開し始めたり、海外BNPL競合が日本市場の立ち上げを始めた各社ジャイアントが市場を取りに来ている真っ只中。Paidyとしても、より益々の資本力が重要になってくる状態でしたので、グローバル決済会社の資本力を活用するためにPayPalと組むことは戦略と合致していました。また事業サービスという意味でも、ウォレットサービスのプレイヤーであるPayPalとの事業の相互補完性が非常に高かったことも大きかったです。

▶️M&A後に何が起こるか 

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松井:M&AをしてみてのPros, Consを伺えますでしょうか。

薮内:CFOの観点からの最も大きなメリットの一つは、B/Sのスケールの加速と資本コストの低減でした。特にFintechスタートアップは事業モデルにもよるものの、総じてB/Sの拡張性が事業の差別化要素になることが多々あります。一方、融資で数百億円規模の調達をスタートアップが実行する実例や文化が、金融機関側にもスタートアップ側にもまだまだ乏しく、特に赤字であるとレイター期のファイナンスの戦略が難しくなりがちなんですね。

松井:M&A後、株式を100%活用する資金調達力の向上、という趣旨の表現もされていましたが、その効果は具体的にどのように現れましたか。

薮内:M&A前は一部の加盟店を除き、通常のいわゆる翌月あと払いと3回あと払いを提供しているのみでしたが、M&A後にはより幅広く6回や12回あと払い(分割手数料無料の6回ないしは12回分割払い)を提供できるようになっています。グローバルな大規模資本傘下のもとで、資本力、信用力共に圧倒的に上がり、より大規模な低コストでの資金調達に寄与しました。特に直近のマーケット環境を鑑みると、単体のIPOではこれらのリリースがこのスピードでは難しかったと思います。落ち着いてアクセルを踏めるのはわかりやすいシナジーでした

松井:PMIによるカルチャー変化の影響といったConsの面はいかがでしたか。

薮内:例に漏れず、PMIで困難が何もなかったということはもちろんありませんでしたが、前述の通り、PayPalが日本マーケットにおけるPaidyに対してスタンドアローンな自治権を認めてくれていたため、大きなハレーションは起きませんでした。日本市場やその顧客を最も理解しているのは現在のPaidyであるということをしっかり守っていただけたと思います。

カルチャーについても、Paidyは元々、取締役会も社員も過半数が英語圏のメンバーでした。よって、海外カルチャーが一気に入ってきて日本人メンバー側のアレルギーが出るということもありませんでした。実際にM&Aの後も人が辞めていくということは発生しませんでしたね。

松井:直前まで進んでいたIPOを実現して欲しいという意見は出ませんでしたか?

薮内:社内でもどういうメッセージにするか気は遣いましたが、IPOなのかM&Aなのか(VC等のスタートアップ投資家にとってのEXIT)は、スタートアップにとっては、ミッションを達成するためのファイナンス手段であり、”事業を成長させ、顧客への提供価値を最大化する”という、大上段で目指すものが一致していたということが大事であったと思います。

IPOの主幹事証券を含めたステークホルダーとのコミュニケーションもセンシティブなので迷うこともありますが、最終的には事業の更なる成長と企業価値最大化の観点で意思決定する必要があります。

一方、ご承知の通り、例えば重要な従業員インセンティブとしてのストックオプション(以下、SO)においても、日本のスタートアップ界隈ではIPOの場合のみ行使可能な設計が普及してしまっており、M&Aの場合でも行使可能なSO設計・導入・運用の知見やノウハウの普及、より使い勝手の良い制度の整備は今後の重要な課題です。

また、日本の株式市場において、IPOゴールと揶揄されることもあるようなスモールIPOが普及している特殊な現状もあります。まだまだスモールIPOであってもM&Aよりも常に優先すべき選択肢という感覚が残っている人が少なくないのは事実です。よって、IPOとM&Aを偏見無く合理的に比較検討するデュアルトラックを考え抜いた上で、ミッション達成に向けて最適な在り方を選択する、ということが普及している状況ではありません。Paidyが実践したデュアルトラックの事例なども参考にして頂きながら、グローバル・スタンダードのスタートアップ・ファイナンスの良いところを、日本にも積極的に取り入れると良いと思っています。

松井:日本のスタートアップ・ファイナンスをグローバル・スタンダードにしていくには、どこから働きかけていくことが大事になりそうでしょうか。

薮内:まずは、やはり、スタートアップと投資家の両方の意識が変わっていくことが必要でしょう。また、アーリー期以前のスタートアップ経営陣には、多くの場合、それを生業とする投資家と比べるとスタートアップ・ファイナンスの経験・知識において不足しがちで情報格差があります。アーリー期以前の段階から、資本政策において失敗しない工夫が必要です。資本政策は後戻りできないからです。特に、事業モデルとステージに合ったファイナンス手法を理解して選択していく必要があります。最近では、シンプルなエクイティ調達に限らず、”ベンチャーデット”と呼ばれる、転換社債や新株予約権付融資のスキームが日本でも普及してきたり等、採り得るオプションは広がってきていますので、積極的に検討・活用すると良いと思います。

▶️M&A仲介ではなくFAを起用 

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松井:日本におけるM&Aでは、M&A仲介業者が圧倒的に増えている印象ですが、M&Aの専門家としてのご経験も買い手・売り手としてのご経験もある藪内さんの観点では、どのように外部の専門家を起用すると良いでしょうか。


薮内:目的にもよるかと思いますが、Paidyの際は、規模感や市場でのポジショニングからしても、買い手の候補企業名も数も限られており、FAを起用しました。候補先マッチング・紹介が提供価値の中心となるM&A仲介業者では、そもそもの目的が合わないという背景があります。

また、M&A仲介業者は、そのビジネスモデル上、どうしても相手方探しのために情報を幅広く共有する傾向があるため、買い手を探しているという情報管理の観点でも難易度が高い印象です。デュアルトラックの観点では、IPOに向けた審査を同時に進めることになる中で、現実的な選択肢とはなりにくいと思います。

他に、一般論として、利益相反のリスクが高いと言われている「売り手・買い手両方から手数料を取る」という事業モデルのM&A仲介業者が普及しているのは日本特有の状況です。グローバル企業等の買い手企業や、スタートアップのように売却時の企業価値最大化への規律を重視するVC等の株主が多い売り手企業の場合は、利益相反の観点から受け入れられない可能性や、買い手・売り手それぞれが取締役としての善管注意義務を意識しながら検討する必要があります。

松井:デュアル・トラックを進めるにあたり、スタートアップCFOに必要な心構えや準備はありますでしょうか。


薮内:デュアル・トラックを検討する際は、変わりゆく市場の勢力図の中でのIPOとM&Aそれぞれの場合におけるシナリオを議論しておくことくらいはやっておくことを勧めます。

そもそも、IPOとM&Aの準備の両立はこなさなければならない業務量が非常に多く、また緻密な対応が求められることから、FAのような外部の専門家のサポートも重要です。

デュアル・トラックではない場合も、M&Aでは当事者同士のやりとりは、交渉の重要局面などで特に、どうしても感情が入ってしまったり、M&A後の関係に影響するようなしこりが残りやすいこともあって、FAを起用するほうがスムーズですね。

最近では、ファイナンス・プロデュースが、IPOとM&Aそれぞれのシナリオを偏見無く意見したり実行まで一つのチームで一気通貫の支援することを主要業務の一つとされているとの理解です。私は過去にFAやPEファンドを経験した上で現役のスタートアップCFOという立場ですが、そのスタンスに共感しますし、既にこれまでも一緒にイベントに登壇させて頂いたり、今後も連携のお声がけを頂いていますが、協力し合って共に今後の日本のスタートアップ・ファイナンスの発展に繋がる役割・貢献ができれば幸いです。

▷藪内さんが考えるFAの役割
・クライアントの信頼を補完
・当事者ではない第三者だからこそ果たすことができる交渉・調整における役割(当事者同士が直接話すべきことがある一方、必ずしもそうではない内容や局面がある)
・専門家としての実務能力・リソース
*米欧のM&Aにおいては、売り手・買い手の両方とも、利益相反の観点からそれぞれ別のFAを起用することが一般的

▶️資本政策やSO発行が本格化するシリーズAから意識を 

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松井:今回は、デュアル・トラックを中心に色々とご経験からご教示いただきました。IPOを目指しているスタートアップが依然多いかと思われますが、デュアル・トラックはどのフェーズから意識するのが望ましいでしょうか。


薮内:資本政策は後戻りできない、とよく言いますが、その意味でも、本格的にVCからの調達が入ってくるシリーズAが本当に肝だと思います。また、日本でM&Aを検討する場合、SOの設計が社員の士気に直結しますので、SO発行を本格的に検討・実行する時期という意味でも、やはりシリーズA段階から考えておく必要があると思います。

このアーリーフェーズですと、IPOもM&Aも両方経験豊富なCFOが入社しているスタートアップは多くないと思います。創業者CEOも、スタートアップ・ファイナンスの全てを最初から勉強すべきとは思いませんが、知らないということだけで後戻りのできない状況に陥る可能性がある分岐点については認識しておくほうが良いと考えます。社内だけでなく、先輩起業家やスタートアップ経験豊富なCFO、(直接的に利害関係がない)投資家など、周囲に多面的な角度から相談をすることは重要です。

ただ、各個人は前提や状況が様々な自身の個別の体験の影響を強く受けているため、自身の状況に当てはまらない点がありえることも理解すべきです。その観点では、個別の体験をより俯瞰して多数の事例を支援しているファイナンス・プロデュースのような専門家の視点も参考になるはずです。いずれにしても、落とし穴に落ちないように工夫をしていけると、スタートアップ・ファイナンスはもっとスムーズに経営を支えられるはずです。

松井:ノウハウの共有という観点では、藪内さんもSO設計についてのnoteを公開されていましたね。


薮内:はい、昨年の5月に国税庁から発表になった信託型SOについての見解の件もあり、現在CFOを務めるenechainでは、信託型SOは全て消却し、有償型SOの新規発行を行いました。

日本では無償型・税制適格SOの発行を選んでいるスタートアップが多いかと思いますが、途中退職やM&AによるEXITの場合でもこれまでの事業貢献をリワードしたいという場合には、有償型SOという選択肢が昨年時点では最も良い選択肢だったと思います。直近、無償型SOの使い勝手が良くなる方向性が示されましたので、無償型SOも活用余地は大きく広がるはずですが、まだ不明瞭な論点も残る中で慎重な検討が必要になると思います。

国の制度変更をただ待つというのではなく一早く従業員に安心してもらい事業に集中したかったことや、ファイナンスイベントのタイミングとの関係等を踏まえ、導入を実施しました。
noteには社員の反応なども書いていますので、ぜひお読みいただけたら幸いです。

松井:エンジニア・コミュニティのオープンソースカルチャーのように、経営、ファイナンス、バックオフィスの間でも、こういったノウハウ・シェアの文化が形成されていってほしいですね。

薮内:はい。中でもスタートアップ・ファイナンスは公開が難しい内部情報に関わる話が多い上に、個別の前提や状況によって最適解が変わりやすいため、なかなか定型化は難しくはありますが、肝を押さえていけるように経験・ノウハウの共有が進めばいいなと思っています。


周囲に様々なコミュニティが既にあるスタートアップ経営者やCFOが多いとは思いますが、時々、個別の経験よりももっと俯瞰して様々な事例を支援しているファイナンス・プロデュースなどのようなFAに壁打ちやアドバイスを求めるなどして、チーム戦でスタートアップの成長を追い求めていただけると良いと考えます。


松井:ありがとうございました。

NEXTユニコーン経営サロン 

当社が共同運営するNEXTユニコーン経営サロンは、起業家・スタートアップ企業のシリーズBラウンド以降を中心とするファイナンス戦略を支援するコミュニティをコンセプトに、2020年1月に発足。

スタートアップ起業家向けにオンライン無料相談や招待制のピッチイベントなどを手掛けてきました。定期的にイベントや交流会、情報発信を行ってまいります。

スタートアップM&Aや大型IPOはあくまで事業創造の手段ですが、分かりやすいマイルストーンとしてそうしたテーマを多く取り扱っています。

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▷株式会社ファイナンス・プロデュース 

「社会を変える事業を創るためのファイナンスをプロデュースする。」というミッションのもと、ドリームインキュベータから新規事業カーブアウト・MBO(マネジメント・バイアウト)を実行して誕生した、スタートアップ起業家専門の投資銀行事業を行う会社です。

特に、日本のスタートアップ業界のボトルネックとも言える、" スタートアップM&Aの規模化と質の向上 "を中核テーマとして、主にシリーズB以降等のグロース・ステージのスタートアップ起業家側のセルサイドFA(Financial Adviser)としてのM&A助言や、大型IPOに向けた資本政策・資金調達の助言事業を展開しております。